大論争：産業革命を通しての生活水準

経済史の中で議論を巻き起こしてきたトピックといえば、次のようなものだろう。 産業革命と生活水準への影響 近代資本主義の発展の初期段階において、労働者の労働意欲がどのように向上したのか、あるいは低下したのかという問題をめぐって、激しい学術論争が展開されてきた。 生活レベル (Voth, 2004) ホブズボームのようなマルクス主義史家は、イギリスにおける産業革命の最初の1世紀において、労働者階級の生活水準は、主に労働時間の延長、工場の過密化による衛生状態の荒廃、資本と労働の間の不平等の拡大により、改善されなかったと主張した。 しかし、一部の経済史家は、より楽観的な見方をとっている。産業革命の初期段階が生活水準に及ぼした影響に注目し、実質賃金水準の変動、さらには所得に代わる指標を通じた福祉の変化を測定することで、生活水準の改善を実証しようとしてきた。 1970年代以降 生活水準の尺度としての所得は、学界で激しく批判されてきた。 クリオメトリクスの革新と経済史の研究手法の適応により、生活傾向を明らかにするための貴重な資料として、人体計測の証拠が中心的な役割を果たすようになった。いくつかの研究では、純栄養状態の指標として、また出生から25歳までの生活水準と密接に相関する変数として身長を用い、1750年から1850年（イギリス産業革命の最初の世紀と解釈できる）までの労働者階級の生活水準を分析する試みがなされている。 しかし、数十年にわたる研究の後でも、結論は以下のとおりである。これらの分析結果は、かなり食い違いがある。 人体計測の証拠分析を通じて、生活水準の傾向を分析する信頼性の高い技術を構築することが当初の目的であったにもかかわらず、当時のデータが乏しく、偏りがあり、時には一貫性がないことが主な原因で、これにはいくつかの欠陥や矛盾があることが証明されている。 この証拠から得られる結論は、「生活水準が高い」ということではなく、「生活水準が低い」ということである。しかし、データのいくつかのバイアスを考慮し、データ系列に一貫性を持たせるためのデータダミーの導入など、最新のデータ分析技術を導入して分析を行えば、当時の生活水準に関する一定の確固とした傾向を得ることができ、ある程度の結論を提示することができる。

このエッセイでは、産業革命の初期段階における生活水準について、人体計測学的証拠に基づく非常に関連性の高いいくつかの著作を簡単にレビューし、分析し、時には批判してみたい。 まず、人体計測学的証拠が生活水準の測定としてまったく有効かどうかという疑問に答えようと思う。Cinnirella (2008)、Oxley and Horrell (2009)、Bodenhorn et al (2017)は、これらの欠点を補おうとし、時には乖離する結論のいくつかを提示している。 最後に、これらの研究を整理し、産業革命初期の生活水準の動向について、これらの研究から何らかの一般的な結論を得ることができるかどうかを分析する。

第一に、Cinnirella（2008）は、当時の生活水準を分析する上で、主に所得に関するデータの欠如とその情報の一部の信頼性の低さから、実質賃金の動向よりも人体計測の証拠の方が価値があると見なしている。 Cinnirella（2008）は、身長は発育期を通じてその人の純栄養状態を測る尺度であることから、非常に重要であるとし、外的要因も考慮している。パンデミック、戦争、労働ストレスなどの出来事は、この発達に影響を与え、最終的な身長データに反映される。 しかし、生活水準を分析するために人体計測の証拠を採用する場合、所得データを完全に否定することはできない。所得と身長の関係は、切り離すのが難しいだけでなく、多くの場合、正で非線形であるため、身長を選択する際に深刻なサンプルバイアスを引き起こすからである。しかし、Cinnirella（2008）が示しているように、ある種のパンデミックの影響や食品の質の全般的な低下が全人口に影響を及ぼすと、所得と身長のデータの関係が無効になるケースもある。 意外に思われるかもしれないが、 この事実は、身長と収入の間に逆相関があると指摘する研究さえある。 これらの結論はいずれも明確でユニークなものではないため、この不可解な証拠は、一人当たりの所得が増加しているにもかかわらず、当時のヨーロッパのいくつかの国々で平均身長が低下していたという「産業成長のパズル」につながっている。 Bodenhorn, Guinnane and Mroz (2017)のような他の著者は、信頼性に疑問を投げかけることによって、このパズルを解くか、少なくとも論理的な整合性を提供しようとしている。1750年から1850年にかけてのヨーロッパ諸国では、イギリス、スウェーデン、中央ヨーロッパのほとんどの国と同様に、身長が明らかに低下している。 これらの国の身長データ収集が一致しているのは、いずれも徴兵ではなく志願兵から身長データを収集しているためである。 志願兵のサンプルは、身長を測定するためにというのも、経済が発展して所得が増加するにつれて、歴史的にみて、軍隊に入隊する意思のある人口の割合が減少し、兵役が最も魅力的な選択肢ではなくなるからである。つまり、志願兵で編成された軍隊を持つ国の身長データを分析した研究者が提示した結論の信頼性に疑問を呈する理由として、Bodenhornら（2017）が挙げているのは、次のような理由である。 軍事的な高さが低下したのは、主に、当時は経済的、教育的な地位が高かった高身長の人々のためである。 このことは、18世紀末に徴兵制で階級を満たした国々では「身長パズル」があまり観察されず、研究者がより多様で所得や階級に偏りのない身長データを入手できることからも裏付けられる。

産業革命初期の人体計測の証拠を扱う際のデータ選択の問題は、刑務所のサンプルから得られたデータにも見られる、 犯罪行為に走りやすいという未観測の特徴に起因する (Bodernhorn et al., 2017）。 これは、当時の一般的な身長登録がなく、利用可能な登録もサンプルの偏りが激しいため、利用可能なデータから身長の一般的な傾向を導き出そうとするときに問題となる。 しかし、このデータから、これらのサンプル（軍隊と刑務所）に悪名高く含まれていたグループについて、一定の結論を得ることができる。Bodenhorn et al. (2017)は、工業化の「パズル」がアメリカにも存在することを示している。1750年から1850年までの高さの減少パターンは、当時の従来の指標が示唆していた、アメリカ経済が急速に成長し発展しているというシナリオとは逆の反応を示しており、不可解である。当時、経済成長と平均身長の間には驚くべき逆相関があった。

工業化のパズルを解くには、基本的な要因にもっと注意を払う必要がある。 例えば、相対価格の上昇による食料品の入手可能性の低下が、国民の純栄養状態の低下傾向をもたらした。 それとは別に、広く知られているように、工業化の短期的な直接的な帰結は、栄養価の上昇であった。このことは、平均身長の測定にマイナスの影響を与える。 なぜなら、衛生条件と相対的な食料価格の上昇が、貧しい労働者の身長に与えるマイナスの影響は、経済成長が中間所得層の身長に与えるプラスの限界効果よりも大きかったからである。そして上流階級の高みへ、 構成効果により、一人当たり所得の上昇とは無関係に、当時の平均身長のトレンドは決定的に下降した。 データを注意深く観察することで、雇用別の身長傾向を分析する際に、身長の変動がどのように揺れ動くかを察知することもできる。 例えば、当時の産業における極端な労働強度のために、若い工場労働者の平均身長は、農民やホワイトカラー労働者の平均身長よりもはるかに苦しんでいる。それを分析することで、より確実で、より決定的な当時の人体計測の証拠が得られるかもしれない。

その一方で 工業化のパズルに対しては、測定に重大な欠陥があることを指摘することで、別の説明が与えられている。 Ewout DepauwとDeborah Oxley (2019)は論文の中で次のように述べている。 幼児、ティーンエイジャー、終末期の身長：男性の成人身長における思春期の重要性、フランドル、1800-76年、 成人身長は出生時の生活水準を完全に把握することはできないが、思春期成長期の生活状況を示すという点でははるかに優れていると主張する。 DepauwとOxley（2019）は、妊娠中の栄養状態こそが身長に影響を与えるという胎児起源仮説に反論している。しかし、彼らは、思春期成長期の疾病環境、栄養摂取量、衛生状態が、幼児の生活水準よりもはるかに明確に終身身長の測定に反映されることを示す証拠があると信じている。 思春期は、終身身長を決定するために不可欠な時期である。つまり、幼児期に栄養や健康上の障害によって成長が阻害されたとしても、思春期に生活水準が向上すれば、失われた成長の少なくとも一部は回復する可能性がある。これは、異なる年齢における最終身長が、成長期を通じて異なる瞬間における経済的・健康的条件への曝露とどのように関連しうるかという観点から、データ系列を異なる形で整理することで、当時の身長と生活条件を測定するという著者らの革新的な方法を生み出した主な理由である（Depauw and Oxley, 2019）。 著者らは、以下のデータを収集することでこれを研究している。ブルージュの刑務所は、すでに説明した刑務所の登録のバイアスにもかかわらず、囚人の特定のグループが主に貧しい労働者階級の状況を反映していると主張し、これが適切な研究ソースであることを正当化している。 成長に対する健康と福祉の効果の長期的な結果を得るために、そして一時的な経済ショックがこれらの結果に影響を与えることを防ぐために、Depauw and Oxley (2017) 物価と死亡率の年次変動を利用して、マクロ経済状況との関連性をより一般的に切り離す。 .

このエッセイを通して、私はまだ様々な著者の結果と数値的結論を紹介していない。 なぜなら、彼らは時に乖離し、産業革命当時の生活水準について異なるイメージを提示しているからである。 これらの結果は、事前に一旦立ち止まって、彼らの異なる方法論を理解し、理解しようとすることに時間を割かなければ、我々の分析には有効ではない。このことを理解した上で、少なくとも部分的には、このエッセイの参考文献に掲載されている著者が示した結果を分析し、傾向を文脈に当てはめ、世界各国の生活水準について唯一かつ確固とした結論を得ることの複雑さとほとんど不可能性を観察することに集中することができる。しかし、こうした様々な研究の意図は決してそうではなく、方法論と向き合い、経済史の定量的分析の進歩につなげることにある。

その結果、Voth（2004）は、1760年から1830年までの平均身長が167.4cmから170.7cmまで3.3cm上昇し、その後165.3cmまで低下していることを発見しており、身長データから当時の生活水準について歴史的に意味のある結論を得ることは不可能であると主張している。Cinnirella（2008）のような他の著者は、期間全体を通じて栄養状態が低下していることを見出しており、賃金率に関連した食料品価格の上昇傾向と一致している。 食料品の価格傾向は、期間の前半に強く上昇している。Cinnirella(2008)は、他の著者とは別の説明をしている。 彼にとっては、次のようになる、 産業革命の初期段階において、議会による空き地の囲い込みは、イギリス国民の栄養状態を決定する上で非常に重要な役割を果たした。 囲い込みは、人口の増加や都市化の過程とともに、食料価格の悪名高いインフレを引き起こした。これは、囲い込みによって共有地や割り当て地が失われたことにも起因しており、耕地の価値に直接的な影響を及ぼした。したがって、当時の純栄養状態の悪化は、土地囲い込みの内生的な帰結とみなすことができる。 それとは別に、家内工業の衰退が栄養状態悪化の隣接原因として指摘されている。従って、Cinnirella（2008）は、彼が提示した身長のトレンドは、上記のすべての証拠とともに、産業革命期の労働者階級の生活水準に関する悲観的な見方を補強するのに寄与していると結論づけている。

イギリスとは別のケースとして、Deborah OxleyとEwout Depauw（2019）が研究しているフランドルの事例がある。 彼らの論文では、フランドル経済に影響を与えた2つの危機（1846-1849年と1853-1856年）の存在が、危機の間に思春期を迎えることが身長に与える影響を調査するために、身長の囚人データをどのように利用できるかを示している。ブルージュ刑務所における男性の平均身長は、1800年前後には167.5cmであり、1875年でも同じであった。 1840年代後半に生まれた人々にとっては、思春期には生活水準が向上していたようである。(これらは、1846年に8歳になり、1853年に15歳になった1838年生まれの囚人とは対照的である。 この世代は、第一次危機の間に4年間成長期を過ごし、第二次危機の間に思春期の成長を迎えた。その主な理由は、彼らが10年後に生まれた人々と対照的に成長トレンドが低下していることである。

結論として 人体計測の文献が論じている核心的な問題は、現代の経済成長の過程と、それが生活水準に及ぼす影響を理解する上で極めて重要であることに同意できる。 しかし、高さに関する文献は、選択的サンプリングの一形態として深刻な標本バイアスを提示する情報源に大きく依存している。 したがって、「工業化パズル」をしっかりと解明したいのであれば、標本選択プロセスの結果を認識し、データを分析する際にその補正メカニズムを導入すべきである。 産業革命の生活への影響に関する議論しかし、もし人体計測のエビデンスが、いくつかの未知の問題の解決に確実に貢献することを望むのであれば、研究者はサンプル選択のバイアスが結論や解釈にどのような影響を与えるかを念頭に置かなければならない。

参考文献

-Voth, H.-J. (2004) "Living Standards and Urban Environment" in R. Floud and P. Johnson, eds、 ケンブリッジ現代イギリス経済史 Cambridge, Cambridge University Press.

-Ewout, D. and D. Oxley (2014). "Toddlers, teenagers, and terminalheights: the importance of puberty for male adult stature, Flanders, 1800-76.". 経済史レビュー、 72, 3 (2019), pp.925-952.

-Bodenhorn, H., T. W. Guinnane and T. A. Mroz (2017). "Sample-Selection Biases and Industrialization Puzzle". 経済史ジャーナル 77(1): 171-207.

-Oxley and Horrell (2009), "Measuring Misery: Body mass, ageing and gender inequality in Victorian London", Explorations in Economic History, 46 (1), pp.93-119.

-Cinnirella, F. (2008) "Optimists or Pessimists? A Reconsideration of Nutritional Status in Britain, 1740-1865". ヨーロッパ経済史 12(3): 325-354.

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